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人生は実験の連続である。

『明日は今日と違う自分になる、だよ。』byマックス

自力と他力と雑談、これが人間関係のミソ。

 

 

うちの会社の上司に、これでもかって程馬が合わない人が居る。

 

 

僕はその人と仲良くなりたいと思ってるけど、

なかなか上手くいかない。

それを見かねたとある先輩が相談に乗ってくれた。

 

その人はそういう人あたりが上手くて、

キャラ的にもいじられキャラとして社内でのポジションを確立してる人。

 

その先輩から教わったことをまとめてみる。

その人曰く、「お前はもっと人に頼れ」とのことだった。

 

 

 

 

 

自力は評価されるが孤立する

頑張ってる姿ってのは、評価される。

結果主義の世の中になりつつあると思うけど、やはりそういう姿勢は評価に値する。

 

けど、人に頼らないってことは、

話しかけづらさを助長してしまう。

 

本人がどう考えてるかは別として、

日頃頼らない人に対して、『頼る』という行為を嫌ってると思われがち。

そして、助けてあげようと思ったとしても、「大丈夫です!自分でやります!」

って言われる気がして手を差し伸べるのも億劫に感じたりする。

 

自分でやろうとすれば必ず実力がつく。

けど実力ってのは活かされなきゃ、宝の持ち腐れだ。

 

 

 

人を頼る力では、プレイヤーにはなれない

ここは持論。

人に頼ると、頼る力が身につく。

頼り方が身につくって感じ。

 

けど、実際にやらないと対応スキルが磨かれない。

知識もつかない。

やり方はわかっても、それ以上がない。

 

その中に関連する対応力がなかなか上がらないと思う。

前に営業を経験して、その会社を辞めて。

自分の実力で仕事を取らなくてはいけなくなったとき、僕は何もできなかった。

営業をしてた会社でそれなりの結果が出てたから天狗になってた。

営業するチャンスを作ることだったり、資料を作るかことだとか、そういうスキルが足りなかった。

 

それも一つの理由なんだけど、

1番自力でやることのメリットは『楽しさ』だ。

ゲームをしてる人を見たら、自分もやりたい。

楽しそうにしてる人たちを見たら、自分も中に入りたい。

 

その環境を作るよりも、自分もプレイヤーとして関わりたい。

その範囲を広げる為にも、なるべく自力で頑張るのが大切だと思うわけで。

 

そして、頼れる人が居ないときは、

尚のこと自力がなければスタートできない。

発想があっても最初は誰しも一人だ。

協力をして欲しいときも、『面白そうだね、協力するよ』と思ってもらえるモノをまずは自分が用意する必要があるしね。

 

 

 

何気ない会話が、信頼を作る

実績や、必要な分の対話だけでは、本来の信頼を作ることが難しいらしい。

 

仕事における信頼は作れても、信用が生まれないんだそうで。

 

この言葉は借りたものだけど、

【信頼は予想できないけど、信用は予想できる】

というのを聞いたことがある。

 

信頼は、これこれできる『だろう』と考える。

期待だとか、可能性だとか、予想。

信用は、こういう人間だからここまでやれるだろう、というある種安心感がある。

 

ポイントは安心という部分。

 

人がもっとも恐れることは、【わからない】という部分。

お化け屋敷が怖いのは、何がどこから出てくるかわからないから。

「階段の脇からオバケがでるよ」

と教えられたら恐怖はなくなる。

新しいことを始めるときに臆病になるのは、どういう結果になるか【わからない】から。

結果がわかってれば、やりたいかどうかで、気負わずに行動を選択できる。

 

その【わからない】を減らす為に、情報や実績を集める。

 

けど、この仕事における信用は、ビジネスライクな会話ではなかなか生まれない。

人間性が不明だから、何を考えてるのかわからないから。

 

その信用を培うのが、何のことでもない日頃の雑談だ。

 

気軽に話しかけられる関係性の構築もさるこたながら、人となりが見えることが頼むにも頼まれるにも大事になる。

そういう点では、ボソボソ喋らずハキハキ話すとかも自分のことを知らせるってところで人間関係では重要な部分かもしれない。

 

 

 

それを聞いた結果は...

先輩からその話を聞いた次の日。

アドバイスを元に仲の悪い上司にアプローチをかけた。

 

何気ない会話を仕掛け、困ってることがあったので相談して助けた欲しいと頼む。

 

すると思った以上に話してくれて、

いままでのイメージでは一言で交わされると思ってたのに、予想以上の結果に。

 

二人しか居ないときに話しかけたのが功を奏した部分もあるかも。

会話の対象が自分しかいなかったから、話しやすくなったのかな。

 

これを機に、加速度的に関係を作ろうってのは難しいだろうけど、うまいこと関係を作っていきたいところ。

 

 

その人は効率も良く、あまり人を頼らない人だから自立することで関係を作れると思ってたけど、どうやら違ったみたい。

 

会社や学校で、苦手な人だけど仲良くなりたい人が居るとしたら。

自力か他力+雑談を駆使して、アプローチをかけると意外と近づけるかもしれない。

 

 

自然とコミュニケーションを取ってると思ってたけど、存外考えた上で行動してるんだなーと関心した出来事でした。

宗教勧誘の貼り紙に見るマーケティング。

 

 

うちの目の前に電柱がある。

 

大概の人の家の前に電柱ってあるよね。

うちの実家の方は田んぼが友達って環境だからそんなにないけど。

 

 

電柱っていろいろ広告とか貼ってる。

許可を得たらかは知らないけれども。

 

そういう広告には結構面白いやつも多い。

 

最近気になったのが家の前の電柱に貼ってあった良くわからん宗教の勧誘広告。

 

書いてる内容は、『あなたの悩みを救います』的なよくあるものだったんだけど、注目したのは貼ってある位置

 

そう、位置。

 

 

広告の定義?として、目につくことが大切であることは間違いない。

そんな中、その広告は電柱の1番下。

地面すれすれに貼ってあった。

 

 

それを見たとき、

「これがマーケティングかっ!!!」

と小声ながら目を見開いてしまった。

 

 

自分のそういうものに対する見方を話しておく。

 

 

宗教に入る人は、多くの場合救いを求めてると思う。

人間関係やお金問題、様々なこじれを解消したいけど、状況的に自らの為す術を見つけられてない。

そこで、外の力を借りて解決を目論む。

 

逆にその団体としては、困ってる人を助けたいって気持ちもあるだろうけど、

実際のところ、団体を維持するために入信者を増やしてお金を落としてくれる人を集めなくてはならない。

宗教という形を取っていたとしても、それは会社となんら変わらない。

 

きちんと双方の利害も一致してる。

そして、宗教団体で上手くいってるところは、普通の会社よりもブランディングマーケティング力が強いと言える。

 

と思ってる。

 

 

話を戻すけど、

悩みがある人は俯いてる人が多い。

だから地面付近にあるものが自然と目に入る。

 

本当に悩んでる人はその広告を見て、

「あ...そういえば悩みがあったなぁ」

なんて思ったりして興味を示す可能性が増す。

 

 

普通の場所にないから、見つけられずらいだろうけど、

だからこそ見つけた人は運命的なものを感じたりするんじゃないだろうか?

 

マスに対しての訴求力は少なくても、

目的と手段がきちんと合致してる良い例な気がした。

 

 

うちの会社はブランディングとかマーケティングが弱くて困ってるんだけど、

極端な話、ブランドイメージの構築や訴求方法を『布教活動』と捉えて、真っ当な気持ちで取り組んでみると何か変わるのかもしれない。

 

 

 

ただし。

電柱に勝手に広告を貼って怒られたり、

誰かに剥がされることを恐れての位置どりだった可能性もあるから、

目論見通りになってるかは定かではない。

 

 

 

 

とかいう、なんでもないお話。

 

日常に感じる些細な幸せって、こういうやつ。

 

 

例えば、

土曜のお昼から予定があって。

 

ちょっと集合場所が遠くて、

1時間ぐらいかかる道のり。

 

天気が良くて、適温な気候。

 

移動の間、片手間に音楽を聴く。

こういうときはシャッフル機能を使う。

そのときの選曲が、今の気分と環境にドンピシャで合わせてくれてるかのようなとき。

 

『あ〜、幸せやなぁ』

って思う。

 

 

 

例えば、

仕事終わりに某牛丼屋に寄る。

 

カウンターしか空いてなくて、

団体さんが入ってくる。

4人ぐらい。

 

自分の両サイドには、席が2つずつ空いてる。

最初は面倒だと思うけれど、席を悩んでる集団を見て、スッと席を動く。

 

「僕が動きますよ(ニコッ)」

なんて言って爽やかに譲れたらいいんだろうけど、シャイな自分には無理。

けど、席を移動することは吝かではない。

 

結果、無愛想にしなっと席を立つ。

 

決まりは悪いんだけど、

『ちょっと良いことできたかな...』

と良い気分になったりする。

 

 

 

例えば、

風が強い日。

 

髪の毛をセットしても今日は無駄になりそうって日。

 

それでも何もしないのは嫌だから、とりあえず柔らかめのセットで家を出る。

 

風が強い。

セットなんて意味をなさないほど、髪が縦横無尽に乱舞。

 

目的地に着いて、セットが気になってトイレに。

 

そこで鏡を見て軽く整えると、いつもよりどこか自然で無作為感のある髪型になる。

 

なんか風を味方に付けたというか、

強風すら利用してやった感が満ちて、

『フフフ...(ニヤリ)』

とか、一人でほくそ笑んだりして。

 

 

 

例えば、

朝少し寝坊して満員電車不可避。

 

週初めはもう少しゆったり出社したかったな、とか思いながらいつもの乗車口に向かう。

 

電車が止まるとき、

少し先の乗車口に美人なお姉さんが乗ってた。

 

『あんな人が彼女だったら嬉しいな〜』

なんて心の中で呟いたり。

 

そんな中、数駅先でその人が乗車を変えてきて隣に並ぶことになって。

『あれ?もしかして?!もしかして?!』

とか思いながら、

『まあ、んなこたないか笑』

って宥めながらも美人さんと隣になれたことに嬉し恥ずかし良い気分で出社する。

 

 

 

 

 

こういう何気ない日常がふとしたときに幸福感というか、安心感というか。

そういう気持ちを運んでくれるとき、いいよね〜(笑)

 

なんて、思いながら一人電車に揺られて、少し哀愁を感じてる時間も意外と嫌いじゃない。

 

 

結局のところ、嬉しいこととか楽しいことは、そこらへんに転がってて。

小さなことだけど、それに一喜一憂してられること、それ自体幸せなことなんだなーって話。

麻雀素人が放銃を減らす簡単な方法。

 

最近また麻雀を打つようになりました。

ええ、安心してください。

負けてます(笑)

 

 

僕の実力は、素人に毛が生えた程度です。

勝つときは勝つんですが、本当に運勝負です。

勝ててるときは、いわゆるドラ麻雀だったり(笑)

 

勝ったとは言うものの、

あまり褒められたものではないです(´・ω・`)

 

 

 

さて、そんな素人の僕が素人さんに向けて、振り込みを減らす簡単な方法を紹介しようと思います。

ちなみに、2つ紹介します!

 

 

麻雀を始めたばかりの人、どんな悩みがあるでしょうか?

麻雀を始めて、役や点数を覚えることと同じく壁となるのが、安全牌と危険牌の区別だと思います。

 

ましてや黙聴、闇聴で待たれていては対応しづらいとは思います。

正直、素人にはそんなの厳しすぎる(笑)

なので、そこは無視ww

ですが、紹介する方法を試していくうちに、なんとなくテンパってるか、少しはわかるようになるはずです!

 

 

と、いうわけで。

スジ、裏スジ、またぎスジ、間四軒などなど、

アタリ牌を予測する方法があると思いますが、そういったロジックを無視した、放銃を避ける方法を紹介します( `・ω・´ )

 

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