日記月書

日々のあれこれ。

死ぬこと以外はかすり傷

 

 

タイトルの台詞は、知人のもの。

30歳までにこの言葉を、自分のものにしたい。

 

 

今の会社に入って、「僕ってこんなに仕事できないっけ?」と思うぐらい失敗続き。

けど意外なことに、へこたれるよりも前に進んでる感覚の方が強い。

 

 

会社からすると、全然利益を生み出してないからお荷物なんだろう。

でもよくよく考えると、失敗を感じる為には『自分で決めて行動する』ということが大切だと気づき始めた。

 

失敗はチャレンジした時にしか、得ることができない感覚。

誰かに言われたことで失敗したときは、自分の所為でもあるけど、指示をした人の責任をどうしても追求しがち。

「だって、あの人がやれって言ったから」みたいな。

 

 

失敗から目を逸らさない。

それを乗り越えるために、一回は努力してみる。

意外と一歩踏み出してしまえば、乗ってくることもあるんだし。

 

 

失敗は、取り戻せる。

後戻りはもちろんできないけれど、後で取り戻せることが多い。

むしろ、失敗のカバー次第で自分のスキルはグッと高まる。

 

 

まだ死んでない。

恥ずかしいこととか、けちょんけちょんな結果になっても。

まだ僕は死んでない。

 

なら、またチャレンジできるということ。

次は違うやり方で再チャレンジ。

ダメなら、また別の方法。

次こそ。次こそ。次こそ。

 

 

結果が出るのはいつか分からないけど。

そういう頑張る自分を応援できる人間になりたい。

 

イメージのフィックス

 

 

自分の体の扱い方と、イメージがピッタリあった瞬間。

それが、もっとも高いパフォーマンスを発揮する。

それを体感する出来事があった。

 

 

 

ゴルフ(打ちっぱなし)を始めたんだけど、どうしても右に逸れてしまう現象に悩まされていた。

持ち方を変えても、ファームを変えても、立ち位置を変えても。

結局は現実とイメージの乖離が埋まらないと、原因がちょっとしたことでも、うまくいかないもんらしい。

 

 

そう考えると、身の回りでうまくいかないとことも、実はイメージとリンクができてないだけで、いい線まで来てることって多いんじゃないかな?と思うわけで。

 

 

 

ゴルフの話に戻すけど。

今まで細かいことをアレコレ考えて、試して本当に全然上手くいかなくて。

どうしても右に逸れる。

でも、そのイメージを持ったら簡単に真っ直ぐ飛ぶようになった。

 

全てとは言わないけど、大体のことって些細な、けど大きなイメージの違いのせいでミスってることって多いのかもしれない。

 

 

なんとなく。

自分はいつも惜しいところで、投げ出してしまってるのかも知られない、と。

そう思えるなった。

 

いい傾向かどうかは定かではないけど。

 

 

また、仕事に悩む時期に入ってきたから。

何かヒントになると良いんだけど。

ぬるま湯に浸からない意識

 

 

昨日、こんな記事を書いた。

久々に悔しいと思った話 - 日記月書

 

 

勢いのままに書いた記事。

お酒も入ってすごく真面目なことを書いてる。

いつものことだけど。

 

読み返してて思ったけど、こういう姿勢ってすごく大切だなと改めて思った。

 

こういう悩みというか、苦しみって。

自分のレベルより上の世界に飛び込まなければ感じることができない。

自分のできる範囲にとどまっていては、絶対に味わえないこと。

そして、馬鹿正直な向上心を押さえつけないことが大事。

 

 

自分が何になりたくて、どこを目指したるのかは、よく分からないけども。

発展していける人間の型のひとつではあるはず。

 

僕は本当に弱い人間で。

最初からうまくいかないと、すぐに投げ出す癖がある。

適度に自分が得意で、都度成長を感じれないと続かない厄介な性格をしている。

 

その性格のお陰で、対外的評価を自分で下さない場所でしか、努力が続かない。

諦めが早過ぎるだけなんだけど。

 

自分ができる人間だって思いたいから、見切りを早く付けてしまう。

 

 

 

下手に難しく考えたり、考え込むところがあるから、『自分はこれだけ勉強したんだから、大まかには理解できている』と錯覚してしまう。

 

それでうまく物事が進んでいたとしても、それは本当に成長してるのか?と問われれば、僕は違うと答える。

 

成長を感じるときって、今の自分より高次元の世界に揉まれて追いすがって、がむしゃらに努力してるときだと思う。

もちろんタイプはあるだろうけど。

 

伸びる時期は、どうしてもいろいろな痛みが伴うもので。

今の自分の手が届かないものを手に入れよようと思うのなら。

ほとんどの場合粘りが必須。

 

どこまで自分を追い込めば良いのかは分からないけど、ぬるま湯に浸ってるままではレベルを上げられない。

勝てる試合だけしたって、それは維持でしかない。

伸びるためには、溜めがいるのだ。

 

 

 

ぬるま湯から出る勇気と、困難から逃げない精神性。

せっかく飛び込めたんだから、逃げない。

目を晒さない。

 

覚悟って、そういうものなんじゃないだろうか。

今までは逃げに投げる人生だったと思う。

20代後半と出遅れてしまってけど、そろそろ目の前の問題から逃げない人生にしたい。

 

やっと、それだけの心が養えてきたのかもしれない。

 

 

いくらでも逃げて良いと僕は思うけど、どこかのタイミングで逃げない選択をしないと。

いつまでたってもボーダーが超えられない。

自分の領域を超えないと、世界は変わらない。

 

自分次第で人生は如何様にも変えられるはずだから。

苦しい思いををしないことより、僕は新しい景色を見る未来を選びたい。