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素人日誌

素人よ、素人たれ。

「知ったような口をきくな!」って言うけど...

 

 

素人の意見って一番的を得てると思うんです。

 

例えばですが、

ウチの会社のどなたかに対して愚痴をこぼすとする。

 

その意見は相手の立場を知らないから言えることではあるけど、それが現実だ。

納得は自分が評価するかしないかだけど、評価は外の人がするもの。

 

 

そうやって見られてるってのが事実ということ。

その人が頑張ってるとしても、他の人が頑張ってると思わなければ評価はもらえない。

 

だから、やってることも重要だけど評価してもらえるパフォーマンスも同じくらい大事。

 

 

 

自分はそういうのがあまり得意じゃないから先輩からいろいろ指導されたりする(笑)

 

「成長は一人でできても、成功は一人じゃできない」

 

これは今でも心に残ってる。

 

 

 

だからこそ、人に協力してもらうことが自分にとって役に立つ。

前ブログにも書いたけど、それなりに気軽に声を掛けあえる人間関係は必ず必要になってくる。

 

 

このブログだって同じ。

実名も出さず、知り合いにもほんの僅かな人にしか存在を教えてない。

 

記事を真摯に書き続けてれば、何かのタイミングでバズったりするかもしれない。

でも、本当にこのブログを大きくしたいと思うのなら知り合いに紹介するのは方法としては正しい。

 

 

そうでないとしても。

有名なブロガーさんは自分から他のブロガーさんにアプローチをかけてたり実際に会って「こんなブログ書いてるんです!!」って話したりしてた過去があるみたい。

 

 

なんとなく有名になりたいとか、

社会に対して影響力を持ちたいって思う部分はある。

 

僕も場合、何か始めようと思ってブログが簡単にスタートできるから始めたけど、その先をまだ考えられてない。

 

 

だから動いてないってのは言い訳なんだけれども。

 

 

普通の人が生き生きした人生を送れるようなキッカケを作りたいとか、恥ずかしながら思ってるんだけど....

 

何か気持ちが決まればやってみようかな〜。

 

 

 

 

人生を楽しみたいなら、気の済むまでやってみることだ。

 

 

自分ごとだけど。

いつも意識してることは、『後悔しない人生にすること』だったりする。

 

言い換えると、『今が1番楽しくなるように生きる』ってこと。

 

 

この話をすると大概の人は苦笑い。

もしくは他人事。

事実他人事なんだけども...(笑)

 

 

 

言い聞かせてる部分もあるかもしれない。

それでも、今が1番楽しいとハッキリ言える。

もちろん、大学時代だって楽しかった。

けど、その時とは違う形で今を楽しめてる。

 

 

 

こう思うようになったキッカケは、高校入試。

僕は実家から近い高校を選んだ。

離れたところに本当は行きたい高校があった。

理由は単純で友達がそっちの方が多かったから。

 

懸念してたのは、落ちること。

行きたかった高校は僕の学力ではギリギリ受かるかどうかといった具合。

真面目に勉強した試しもない。

落ちれば滑り止めの私立に行くことになる。

家から離れるどころか、友達なんて一人居たらいい方。

コミュ力が低かった自分はそれを恐れた。

 

 

試験の結果はいい成績ではなかったものの、行きたかった高校には普通に受かれる点数だった。

 

 

両親はそっちの高校に行って欲しいと思ってることは知ってたけど、自信がなくて逃げた。

「こっちの方が家から近いから、めんどうだし受かったんだから良いじゃん(笑)」

なんて言ってたけど、本心では後悔があった。

 

それなりの点数を取れたから。

後悔先に立たずとはこういう事か。

サラッと流してたけど、心の中ではグルグルと自分への言い訳と慰めと後悔が渦巻いた。

 

 

 

そこから一念発起!

良い大学を目指すぞ!

 

なんて事はなくて。

結局その高校でも燻ったまま。

それなりに有名な私立大学を目指すものの、落選。

 

通った高校では大変な事はあったけど、今の自分には糧になってる。

滑り止めで地元の大学に行ったけど、掛け替えのないものを沢山の手にできた。

 

 

高校入試のことがあったからか、大学入試は後悔しないように自分に正直にやった。

だからこそ、何も後悔はなかったし、今でもそれがその時の自分には必要なことだったと今でも思う。

 

 

 

その時の感覚を忘れないように。

自分に刻み込むように意識して大学時代を過ごした。

なんやかんやあってそこで見つけたもの。

それは、『自分の気の済むまで頑張ってみること』と『諦めも肝心』の二つ。

 

 

要は自分が納得できる段階で次の選択をするってことだった。

 

 

「もうダメかなぁ...」

と思っても、やりたいことだったら諦められずズルズル続けた。

バイト先には申し訳なかったけど、「あ、無理」と思ったら短い間でも辞めたりした。

 

 

やりたいことなら、できる範囲でやりきる。

気の済むまでやってみて自分が諦めてくれるのを待つ。

その代わり続けるのなら、試行錯誤を重ねて努力する。

 

辞めようと思うのなら、『嫌だ』という感情だけでは辞めないように。

何が嫌なのか、何が辛いのか。

次はどうしたいのか。

そして最初はどうしてそれをやりたいと思い立ったのか。

それを毎回棚卸しする。

 

どちらも惰性でなく、意図や意志を持って行動する。

見る人から見たらストイックだと感じるかも。

けど、本当は我武者羅に生きるってだけ。

 

 

子供みたいかもしれない。

馬鹿らしいかもしれない。

けど、そうして生きてれば絶対に後悔はしない。

自分で考えて、自分で選ぶ。

自分のために自分の人生を進む。

 

そうすれば後悔したくても、潔く後悔できないことがわかるはず。

むしろ自分の行動を正しかったと思いたくなる。

 

それで良い。

それが良い。

 

誰も自分の行動の責任は負ってくれない。

だから結局は自分が満足できてるかどうかしか関わらない。

 

 

 

極端な意見だし、少しキツい表現かもしれない。

 

けどそうして歩んでいけば、きっと心地の良い妥協点が見つかる。

 

 

あとはそれを積み重ねるだけ。

それは幸せと言えるし、人生が楽しくなると思う。

 

酔ってるくせになんか感慨深げなことを書いてしまった。

これを見た誰かが、何か自分の中にキッカケを見つけてくれたら嬉しいなと思います。

 

それではお休み。

 

 

 

まだ家着いてないけど。

【ありがとう日記】がやる気を高めてくれる。

 

 

何かのネットの記事で、

『ありがとうが人を伸ばす』

という記事を見た。

 

「ありがとう」と言うことで、

貢献している感覚が得られる。

貢献できている事実は価値がある、ということの証明。

 

人は自分に価値があると、自らの行動に価値があると思えると頑張る気になるらしい...

 

 

 

そのとき、『自分に対して、自分がありがとうを言えばやる気がもっと出るのでは?』と考えた。

 

実はは日記(と言っても週に2回ぐらい)を書いてまして。

その日記でその日あった頑張ったことに対して、自分に「ありがとう」と贈ることにした。

 

 どうしてやる気がほしいかと言えば...

僕はやる気が続かないタイプで、

三日坊主どころか、二日坊主ぐらいの忍耐力しかない(笑)

だからやる気の出し方をいろいろ調べたりして、褒めるってことはトライしたことがいくらかある。

 

「お疲れ様」とか

「頑張ったね」とか

「その意気その意気」とか。

 

けど、今まで贈ってた言葉は評価することであって、感謝ではなかったし、貢献感はなかった。

評価するってことは、それまでの行為を正当化することであって、あくまで努力したことへの報いで、誰かの役に立ったとは感じられない。

 

感謝ってのは、その努力以上の結果が他者や自分にもたらしたモノへの恩返しだ。

 

仕事に例えると分かりやすいかもしれない。

営業として、結果を残したとき。

ノルマをクリアして、目標に対して100%の達成率だったら、お疲れ様、やればできるじゃないか、などの言葉を送られる。

けど、「ありがとう」とは言われない。

もし、120%の結果を残したとすれば、想定以上のプラスをもたらしたとして、「課のためにありがとう」とか言われたり、その20%を誰かの数字に分けてあげれば「ありがとう」と言われたりするかもしれない。

 

 

そもそも、単純に「ありがとう」って言われたら、『また頑張ろうかな』って思えるよね。

 

 

 

それをしばらくやってみて、、、

 

いつの間にか、自分がめんどうだと思うことも進んでやれるようになってきた。

もう一人の自分に、『やりたいと思ったこと、面倒でもやるべきことをやってくれて、ありがとう』という気持ちを持って日記を書く。

 

洗濯物を片付けたときとかは、

「お陰で明日頑張らなくてよくなったよ、ありがとう」

と言った具合。

 

 

自分から自分にって馬鹿らしいと思うかもしれない。

僕自身、そんなことでやる気が出るかはわかんないよなって思ってた。

思いつきの方法だったし。

 

 

けど、結果は上々。

このブログだって、しばらく更新を辞めてたけど、一つ記事をあげたときに【ありがとう日記】を書いたら、なんとなくノッてきて、今は携帯でゴリゴリ記事を書いてる。

 

日ごろ思ったこととか、とりとめのないことも書いてるけど、更新頻度としてはグンと伸びた。

 

 

この調子で自分への『ありがとう』を続けて、誰かに対しての『ありがとう』を形にできるようになっていけたらって思う。

 

 

 

最後に。

 

この記事を最後まで読んでくれて、ありがとうございます!

 

 

それでは。

よく鏡をチェックする人は、自信がない人。

 

 

僕はよく鏡をチェックする。

髪型だったり、服装だったり、表情だったり。

 

 

世間一般では、鏡をよく見る人は

ナルシストだと言われてる。

要は自分に自信がある人。

 

実際そういう人も居ると思う。

目の前の自分に酔ってる的な。

 

けど、そういう行動をしてる人の7割ぐらいは、自信がない人だと思うわけです。

 

 

 

鏡を見てチェックするってのは、

承認欲求の表れ。

人によく見られたいから、チェックする。

そして、きちんとしてないと変な奴って思われることを恐れて、直す。

 

本当に自信がある人は、

鏡なんて見ないと思わない?

 

どんなときでも有りの侭の自分が、

良い状態であると思てるんだから。

極端な理論であることは承知の上(笑)

 

 

不安を拭うために甲斐甲斐しく手入れをする。

完璧主義なだけかもしれないけど、それでも完璧にしてないと不安ってところは変わらない。

もし、自分の周りにそういう友達が居て、「ナルシストだなぁ〜」とか「ちょっとウザいなぁ...」なんて思うことがあったら。

 

そのときは、「誰もそんなの気にしてないよ(笑)」とは言わないであげてほしい。

だって気にしてるのはその人自身だから。

 

「気にしなくても大丈夫だよ。変なとことかないよ(笑)」

って言ってあげてほしい。

 

 

まあ、そこまでする間柄だったら、

そして、そこまでして伝えてあげたい相手だったらね。