トクノート

日記とか考えたことを書いてます。備忘録的なもの。

センス=目線 なのかもしれない。

 

 

『センス』って、みんなはどう捉えてるんだろうか??

 

「あの人はセンスがある」

「自分にはそういうセンスないから...」

 

近い言葉で才能ってのもあるけど、そういう言葉がニュアンス的すぎて逆に良くも悪くも都合よく使ってしまってるんじゃないか?って感じるときがあります。

 

 

かくいう僕は特にセンス的なものがありません。

他の人が見たらあると感じる人も居るのかもしれないけど。

センスがない分頑張ることで補ってるつもり笑

向上心を褒められることはあるから、もしかしたらセンスと言っても良いのかもないですね。

 

 

さて、センスって言葉をもっとわかりやすい言葉に置き換えられないかなと日頃から考えてました。

なかなかしっくりくる答えがなかったんですけど、この前ヒントが見つかりまして。

 

 

とあるアパレルのデザイナーさんで、周りの人から「あの人はセンスある」って言われてる人が居ました。

センスの所以は、他にないデザインを提供してるって部分にあるみたいです。

その人の話を聞いてると、「他にありそうでないじゃん?」とか、「他がやってなさそうだし、面白そうかなと思って」といったフレーズがちょこちょこ出てくる。

 

実はそれが服に限ったことでなくて、娘さんが居るんだけどその子の名前も「キラキラネームではないけど、他にいそうで居ない名前を付けたくて...」って言ってたんですよ。

もしその人がブログ読んでたら「俺のこと?笑」ってすぐ分かるやろなww

 

それを聞いたときにビビビッときて。

「服だけじゃなくて、常にその目線で見てるのかも!」って感じました。

 

 

いろんなことに対して、『他にないものを』って考えてるからそういったアウトプットが生まれる。

もちろん、今の形に至るまでにもちろんのこと努力や研鑽があったはず。

センスがあるから成功するとは限りませんからね。

 

 

けど、その視点というか、観点ってのがセンスなのかなーとなんとなく腑に落ちました。

別の言葉に置き換えるなら、こだわりとか、思想とも言えるかもしれない。

 

これを最もわかりやすくしたものが、自分にとっては『目線』

 

 

少し自分のことを話すと、

「僕らは男女である前に人間だよね」って目線で周りを見てます。

賛否両論あるだろうけど、TPOに合わせて適した人が役割を持つのが良いって考え方。

 

例えば、重い荷物を持つ場合...

男性と女性の二人のうちどちらかが荷物を持つとしたら、筋力のある人が持てば良い。

状況にもよるから、相手の女性に良いところを見せたいと思う男性であれば、男性が持てば良いといいって感じ。

男だから、女だから、ってのがあんまり好きじゃない笑

 

この視点は他にも思ってる人がいると思う。

僕の場合は、この視点が自分の服装にも現れてるのかなと感じることがよくある。

その目線を維持して自分のスタイルが出来上がったときに初めて、よく言う『センス』として周りに認識されるんじゃないかな。

僕らがセンスと呼んでるものは、センスから生まれたスタイルであって、センスそのものじゃない。

 

だからセンスってのは、もっと根源的なものなのかも?ってところで腑に落ちました。

 

 

ってことは、誰しもがセンスを持ってる。

そのセンスを何を使って、どうやって、表現するか。

それを信じて磨けるか。

この辺りが『センスのある人』に近づく一つの考え方だと感じました。

 

 

これから社員ではあるものの、お店を任されることになるし、表現する側に立つことになります。

 

「この人センスあるなぁー」

って思ってもらえるような人になりたいところですね...

 

 

それでは、また今度。

情熱は感謝の裏返し

 

 

「結構熱い人よねー」

 

なんて、ちょいちょい言われるようになりました。

今までは「悟り系だよねー」って言われてたはずなんだけど。

 

そうして気づいたことは、

「ありがとう」って言葉では伝え足りない時に情熱って形で言葉や行動に現れるのかな、と。

 

好きなことに情熱が乗っかるのも、そこに『感謝』があるからだと思う。

僕は服が好きだけど、服を好きになったことで出会った人だったり触れてきた物事だったり。

東京でチャレンジしようって思えるようになったのも、辿れば服がきっかけなんだろうなと感じてます。

 

 

馬鹿にされても冷めない熱って、自分の体験として嬉しさが体に染み込んでるからブレない。

知ってしまった以上それを蔑ろにすることはできないんだろうなーって。

 

 

逆に言えば、自分が感じたことでなければ温度が上がってこない。

いくら施す側が「やってあげたんだから、本気でやれよ!」と言ったところで、意味がないんだろうなー。

 

言われて上がる熱は、そこから炙られてるようなもので。

熱くなったように感じても、熱源は別にあって自分の体を消耗させながら熱を維持してる状態。

疲れてしまうのも当然です。

燃やせる燃料がなくなれば燃えないんだから。

 

 

ちょっと話が逸れるけど。

やらなきやいけないことに対して、本気になれなかったり、やる気がでないってことに悩んでたりする人もいると思います。

僕もそう。

特に家事とかはまるでやる気がでません笑

 

そういうときに、「自分はなんて怠惰な人間なんだ...」と思うこともあるけど、

仕方ないことなのかなって考えるようになりました。

 

単純に家事をしたことで、ハッピーになった体験がないんだと思う。

それに加えて僕の場合、必要なことだと感じなければ動かない人。

 

自分の思考を変えようとするより、体感することで自然に出てくるやる気を見つけるのがベストなのかもしれません。

 

 

 

今は感謝を返したい人がたくさんいるから、モチベーションが高く保たれてます。

高い情熱があるときって意外と冷静というか、思ったより心は波打たないもんなんですね。

でも心の中にはいつでも動き出せる何かが構えてるような。

 

 

けど一方的な温風は暑苦しいし、逃げたくなるだろうから。

あんまりいつでもどこでも熱くならないように気をつけたいと思います笑

 

 

それじゃ、また今度。

「あの時、こうしとけばよかった...!」をたくさん感じたい。

 

また東京を離れることをネタにすることをご容赦ください(笑)

 

今日は、新しい仕事に少しずつ参加していく中で、

悔しい気持ちとそれを嬉しがってるのが、なんか面白いなーって感じた話です。

 

 

なんで今までアートに興味もってなかったんや...

 

東京でいろんなものに触れてきたとは思うけど、服が好きな割にアート方面にはからっきしです。

映画とかも行かないし、ライブとかもそこまでの熱量はない。

ましてや美術展とかだと一回も行ったことないww

 

けど、新しい仕事を始めるにあたって、

新しい学びだったり勉強することが増えました。

すると途端に、今まで興味のなかったことに近づいてみようって気になってきた。

 

 

一つ例を挙げると、

今お遊び程度だけど、色や素材の限られた枠組みの中で洋服のデザインとかを考えさせてもらいました。

採用されるかはわかんないし、デザインの端っこをつまみ食いした感じ。

 

で、デザインを考えてると、

自分のアイデアの浅さ、引き出しの少なさに直面!

一応頭の中には発想の種みたいなんはあるけど、自分の表現する力?っていうのかな、そういうフィルターがまーお子ちゃま!w

 

これは、、、あかんやろ(笑)

って絶望して、自分の未熟さとデザイナーへの敬意に心はいっぱい。

簡単なデザインを書いた紙を見せたんだけど、自作の厨二病小説を朗読する並みに恥ずかしかった(笑)

そんな小説書いたことないけどね。

嘘やないよ??

妄想に留めてますから。

 

そうやって自分の中にあるものを形にするようになると、アートだったり、音楽だったりに興味が湧いてきたんです。

『もっと吸収して、もっと良い形で表現したい!』って。

 

なんだけど、それがもうすぐ東京を離れるってタイミングなのが、悔やまれますね。。。

もうちょいお遊びで見に行ってるだけでも違ったのかなーって思ってしまう!

 

 

いやでも、興味がなかったわけではないんですよ、ええ。

 

アーティスティックなことへの興味は確かにありませんでした。

でも関心はあったんですよ。

 

服が好きなんで、いっちょまえに「おしゃれな奴になりてぇ」ぐらいは思ってます。

最近はもっと違う感覚になってますけど、

おしゃれな人になりたいってのは永遠のテーマです(笑)

 

だから、アート展の入り口付近まで行ったり古本屋に入りかけたりしましたよ、、、

けど、自分の中の何かが「お前に何がわかんねん?ww」って囁くんですよ。

高速でサイドステップからの「なあ、どうなん?なあなあ?」みたいな。

 

結局入ることは叶わなかったわけだけど、そういうお店に居る人っておしゃれっぽくないですか?

事実おしゃれな人居るし!

 

アートなセンスを磨いてる的な。

自分の世界観満喫してます的な。

 

馬鹿にしてるように聞こえるかもしれないけど、違うからね!

ぼくはおしゃれって服だけじゃなくて、スタイルというか生き方というか。

そういう部分も含まれるように思うから、

そうやって楽しめる人って羨ましいなぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!コンニャロォ!(´・ε・`)

っていつも指を咥えてみてました(笑)

 

行ってみようとは思うものの、やっぱり心から欲さない限り動けないもんです。

必要とあれば生き方だって変わるんだろうね。

 

 

 

ちなみに、僕の生き方について知人にコメントを求めると、

『出家したいのかな?って思うときがある』だそうです(´・ω・`)

 

 

「もし、こうしてれば」の後悔が成長の余白

 

そろそろタイトルの回収しないと、脱線してしまう...(笑)

 

 

 

さて、そこそこ聞く言葉、『後悔しない人生を』。

そう言われてるけど、それを続けて行くと必ず後悔することになる(笑)

その時々で後悔しない行動が増えれば増えるほど、明日の後悔や1ヶ月後の後悔、翌年の後悔に繋がったり。

 

抜けてる部分が多々あるのに、完璧主義な面があるので、いつも「今日はここがだめだった」って一人反省会ばかりでした。

けど、改めて考えると、後悔したときは『次はこうしよう!』って解消するためにチャレンジするよね?

それって成長しようとしてるってことなんじゃないだろうか?

 

もし、後悔のない日常だったら...って考えると、少しゾッとする(笑)

毎日を満足に過ごして、今の自分であり続ける生活。

それが悪いわけじゃない、自分には合わないだろうなってだけで。

やっぱり淡々と日々を熟すだけの人生って面白さ8割減だわ。

いつまでも飢えが欲しい!ww

だから、後悔先に立たずって言うけど、先に立たれちゃ困る。

先に立ってる後悔は、懸念と呼べるのでは。

懸念に邪魔されてたら何もできんよね。

 

 

まあ後悔はストレスに感じてしまうってのはあるんだけど、

満点を目指して過ごしながらも、仕事や生活にOKラインを作ってみようと思います。

 

 

ストレスとも仲良くできる優男になるんじゃー。

 

 

 

あとがき

 

昔の自分だったら、こんなこと言えなかったなぁ(笑)

なんて思いました。

どうにかしてストレスのない生活をするか?

自分らしく自由に生きるにはどうすればいい?

なんてことを考えながら過ごしてきました。

 

ただこの前「はあー、今日も一日頑張った!ようけ寝れるわ!」って思ったんですよ。

その日は結構満足できるぐらいミス的なのが少なくて。

けど、いつもの反省会がなかったことに違和感が残る。

 

「あれ?明日の目標とか課題、あるっけ?」

と、わざわざもっと出来たことがあるんじゃないかと1日の棚卸し作業を1時間はしてました(笑)

 

行き着いた答えは、

目の前のことを取り除く方法を考えるより、それを活かす方法を考え方が楽しい。

ってゆー、クサいものでした(笑)

 

けどまた壁に直面したらわーきゃー言っちゃうんだろうけど。

それもそれで、振り返ったときのお楽しみにします(笑)

 

 

それでは〜

カオスな終列車と成長の萌芽

 

 

今年のお盆はいろんな気づきや発見がありました。

 

帰省させてくれた姉に感謝しかない!

 

久々に会う人が覚えててくれて、声かけてくれたり、実は会いたがってくれてた人が居たり。

貴重な話が聞けたり、勉強になる出来事があったり。

 

そんな中でも、たった数分の出来事だけど、印象に残ったことがあったので、少し書こうと思います!

 

今日は短め。

 

 

 

終電乗ったら、カオス空間だった。

 

今回一日だけ松山にお出かけしました。

ギリギリまで飲んでたから、列車の終電で実家の方に帰りました。

 

その列車内が、なんとまあカオス(笑)

やたらデカイ声で話してるカップル。

ハイペースの溜め息+音量MAX。

なぜか、シクシク泣いてる女性。

何のつまみかわからないけど、やたらスパイシーな香りが漂う。

 

そんな中、隣の席。

通路挟んだ隣ね。

 

そこに座ってる女の人が彼氏的な人と電話してて、切った瞬間に横になり始めた。

 

 

声掛けれるようになったよ。

 

2席分をうまいこと使って、横になった女性が唸り始めたんです。

 

よく聞くと、「気分悪い」とか「痛い」ってポツポツ言ってて。

車掌さんが着た時は、大丈夫ってサイン出してたけど、肩で息してるし、むっちゃ苦しそう。

 

それなりに酔っ払ってるふうだっけど、たぶん尋常じゃない感じがひしひし伝わってきてた。

 

 

周りの人も心配そうに伺ってる。

そんな自分は真横なもんだから様子も分かるし、すごい心配になってくる。

 

 

 

今までの自分だったら、見て見ぬ振りとか、いざとなったら動けるようにコソコソ準備する程度の行動しかしません。

 

今回もそういうの行動に徹するんだろうなって考えてた瞬間に、

ふと腰を上げる自分にビックリ。

まだ『声掛けた方がいいかな...でもなぁ...』とか考えてる最中でした。

 

席立っちゃったもんだから、もう声掛けるよね(笑)

「大丈夫ですか?車掌さん呼びますか?」

もっと気が利いた問いかけがあったのかもしれなませんが、半ば自分のせいでテンパってる自分にはこれが精一杯でした。

 

その女性の後ろの席の人も気になってたみたいで、話しかけた時に立ち上がってたなー。

 

今まで、そんなことできなかったのに

いつの間にか体が動くようになってたみたい。

結局彼女は「ふーふー」言ってて、自分の下車する駅に着いたから降りました。

 

その次の次までしか行かない列車だから大丈夫だろうと思う。

いや、思いたい。

 

 

まだまだだけど、少しは考えを行動に起こすってことができるようになってきたのかな。

と感じた一幕でした。

 

 

あとがき

 

成長したかなーと思ってたんだけど、

今日知人と飯に行っててやっぱ全然成長してないやんって思いました(笑)

 

何が正しいとかそういうのは抜きにして、

悩みを話すより未来の話をした方が生産的なのかもしれない。

悩みは行動で消えるのなら、次どうするかを考えた方が効率が良いかもしれない。

考えて行動するのも大事だけど、実はリスキーなことなのかもしれない。

失敗を歓迎できないと成長は見込めないのなら、考える前に行動することはリスクを背負ってないのではないか。

 

 

そんなことを感じました。

 

けど、考えるのが好きなことだとか、

心配性であることを活かすこともできると思う。

 

結局はバランスなんだろうけど(笑)

無心になるスキルをつけるのもありなのかなー?

瞑想やってみるか(笑)

 

 

何にせよ、またいい一日になって良かったです。

それでは〜